2009年11月29日

灯明台

 今は昔、船橋の海を渡る船は、船橋大神宮境内にあった常夜灯を目印にしていました。
 しかし、戊辰戦争の際に、社殿とともに焼失してしまいました。地元の人の寄付によって作り直されたのが灯明台です。
 明治13年に完成し、明治28年に廃止されるまで、政府公認の私設灯台として、活躍しました。

PICT0676.JPG

 1〜2階が和風点火や見回りをする管理人の宿舎として使われていました。
PICT0675.JPG

3階が洋風の造りになっていて、灯りが。光源は石油ランプ 3 基で、錫製の反射鏡も 3 基設置され、その光は海上約 6 マイル(9.7l km)に達したと言われる。レンズは付けられていないが、当時の最新式でした。
 どうして、和洋折衷の建築になったのかというと、西洋式灯台が旧来の日本のものとは比べものにならない光の到達距離をもっていたこと、明治政府が灯台を西洋式へ規格統一を図るべく行政指導していたこと、などが直接・間接の要因と考えられる。当時の人ががんばって西洋的に作ったのでちょっとおかしいところもありますが自分は大好きです。
PICT0671.JPG

 結果として、灯明台は国内最大級の民間灯明台となったのです。


船橋大神宮
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E6%A9%8B%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%AE%AE
posted by 管理人 at 18:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ
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